とりあえず部屋に荷物を置いたらいいですよ、との事で、
マンションまで連れていってくれる事になった。
彼女が住んでいる場所はダウンタウンの中心から少し離れた駅であった。
電車を降りると彼女はまず買い物をしていいかと尋ね、
駅前にあるスーパーにいって買い物ついでに色々と教えてくれた。
見た感じは日本と至って変わらないが、
音楽も店内放送も定員さんの「いらっしゃいませ」もない静かな店内だった。
しかし1つだけ違ったのは、
この国の30%を占めるマレー系のシンガポール人はイスラム教のため、
普通のコーナーとは分けて精肉コーナーがある事だった。
豚はタブーのため間違えないよう別にしているのだという。
なるほど多民族国家ゆえの仕組みともいえる。
またムスリムの人はアルコールがご法度だし、
ラマダンという断食月もあって今がちょうどその時期だという。
日の出から日没まで水も飲めないようで、
ラマダンの時期、マレー系の人たちのイライラはすごいらしい。
彼女の会社にも当然マレー系の社員もいて、
1日に数度の礼拝や宗教的行事があったり、
飲み会もBBQも日本のように気軽には出来ないんですと言っていた。
宗教の違いがある国や会社の在り方について少し学んだ気がした。
会計を済ませてスーパーを出ると、
2~3分の所の高層マンション群の中を歩いて入っていった。
いかにも近代化されて高級そうな雰囲気だ。
オートロックを開けエレベーターを出て部屋に向かうと、
階下には緑のヤシの木と高級車がズラッと並んでいた。
どう見てもバックパッカーの身なりをした男が入れるようなところではない。
やはりおかしい。部屋の中に男がいるのではないか?
それとももしかして彼女は女装をした男なのではないか?
そんな今思えば失礼なことを考えたりしたが、
世界の常識は日本の常識では測れない。
いくら私が「こうであーで」と人に説明したところで、
騙されて誘拐されても全ての落ち度は自分にしかない。
このような一人旅の場合、一瞬一瞬の判断で状況は変わっていく。
そんな目の前の現実と危険信号が交差し合うなか、
私は少しでも危険を察知したらすぐに逃げれるようにして
高級そうな玄関扉から内側に入っていった。
手慣れたように入っていった彼女の背中を追うと、
明るくまっすぐな廊下であった。
床は白いタイルになっていてヒンヤリしており、
リビングも広く、窓からは高層マンションが何棟も見え、
いかにも南国シンガポールという感じだった。
私の来訪を予期していないのがわかるように
綺麗にされたキッチンやテーブルなどには生活感が見えていた。
何となく一人で暮らしているようではあるし、男性の影は無いように見えた。
ちなみに彼氏さんがいるんじゃないですかなど、
あまりにも直球すぎて聞いていないし、
いたらいたで話しの辻褄が合わずややこしいだけなので、
そこはあえて考えないようにした。
それにしても不思議な感覚だ。
昨日あんなに島で孤独を味わったのに、
今は高級マンションのリビングに座っている。
おそらく私も彼女も日本だったら出会わなかったろうに。
私は他人の家という事もあり、
お尻の座り心地が悪いなか、室内をキョロキョロとしていると、
彼女は買った食材を冷蔵庫にしまいながら
「17時から上司たちとご飯に行くんですけど一緒に行きますか?」と提案してきた。
私は二つ返事で答えて荷物を部屋に置き、
待ち合わせ場所を教えてもらって、
外に昼ごはんを食べにいく事にした。